写真付き近況報告

太宰府(だざいふ)

1999年11月12日

実質第二日目、かねてから一度は行って見たかった太宰府へ行きました。もちろん目的は菅原道真(すがわらみちざね)の天満宮でした。博多(はかた)の中心街の天神(てんじん)まで地下鉄で出て、そこからは西鉄で二日市乗り換えで太宰府までという約30分ぐらいの道のりでした。昔、背泳で有名だった田中聡子選手が学生だったことで知っていた筑紫女学院高校が太宰府にあったことを初めて知りました。駅を降りて、人の流れに乗って右に曲がると参道の商店街でした。名物梅ヶ枝餅(うめがえもち)というのをどの土産店でも売っていました。

どうも、人が行かない場所や人に注目されないけれども良いものを見てやろうという欲求が強いようで、太宰府でも天満宮の心字池とその上に懸かっている太鼓橋の手前にあったいかめしい門構えの家を門から覗いて内庭の写真を一枚撮りましたが、それが明治維新に功績のあった若い公家が京都から太宰府に移り住んだ延寿王院という邸宅だと言うことを後で知りました。(写真:延寿王院

天神様として有名な菅原道真を祭る全国の天満宮の総本山のような太宰府天満宮は、学問の神様としても知られているので、私が行った日も東京をはじめいろいろな所の中学校と高校の生徒が修学旅行で来ており、記念撮影の場所が空くのを待っている生徒でごった返していました。写真はその合間に撮ったので、それほど生徒が写っていません。(写真:天満宮本殿と菊野見宿禰碑と力石

もっと静かな所へ行こうと思い、裏山へ登って行きました。裏山は静かで、そこに稲荷神社の朱塗りの鳥居を見つけたので、登って行くと、一番上にはもちろん稲荷神社(太宰府天満宮末社、正一位天開稲荷)があったのですが、またその陰になった後が山の頂上になっており、そこに人造の洞窟があり、その中が稲荷神社そのもののようになっていました。ちょっと見た感じでは、昔の墳墓室だったような雰囲気でした。(写真:裏山からの天満宮稲荷鳥居1稲荷鳥居2稲荷石室)また、稲荷のある山の麓には古い茶屋があり、帰りに寄ってお茶と梅ヶ枝餅をいただきましたが、そこはお石茶屋と言う古くから有名な茶屋だそうです。文豪や文化人といわれる人達がよく来ていたようです。梅ヶ枝餅(写真)は何らかの形で梅を使っていると思っていたら、梅の花の焼き印がついたただの焼大福のような餅でしたが、香ばしく美味しいと思いました。天満宮の裏にも休憩所のようなところがあり、年配の女性達が手作りで梅ヶ枝餅を作っているところを外から覗いて見物しました。餅米から作った白玉粉を練ったもので小豆餡を包み、型に入れて上下両面を焼いていました。

天満宮では季節を思わせる菊花展(写真)が催されていました。天満宮のお土産にと、拓史と恵美加に学業と受験のためのおまもりを買いました。宝物殿で道真と天満宮についてさらに知識を得た後、近くを散策しようと思い、適当な方向へ歩き始めたところ、まず光明寺(こうみょうじ)という寺を見つけました。なかなか雰囲気のありそうな寺だと思い、外から眺めていると、中庭が見えるところがあり、そこから見える紅葉が奇麗だったので、拝観料を払って入ることにしました。塀の内側には、細長い石庭もあり、これもなかなかのものだと思いました。中庭がやはり奇麗でしたし、小さな窓のある茶室も見えて、そこに人も見えたので、茶室にも行って見ました。茶室から見る庭が最高だと思いました。ここも、後になって苔寺ともいわれる有名な禅寺であることを知りました。私個人は、天満宮よりもこちらの方が良いと思いました。太宰府に行く機会があれば、ぜひ光明寺へ寄ることを推薦します。(光明寺の紅葉の写真:外から中から茶室から

光明寺を出て、駅の方へ歩きました。昼食にそばが食べたくて、そば屋を探し、駅の側に「太郎そば(?)」とかいうそば屋で大盛りのおろしそばを食べて、ちょっと遅い昼食にしました。バカなことに、最初に観光案内へ行って地図をもらえば良かったのに、昼食を済ませるまで、観光案内所が駅の目の前にあることに気付かずに通り過ぎていました。やっと地図をもらって、太宰府とその周辺の関係を知りました。行きたいところは多くあったのですが、時間はあまり残っていないし、できるだけ多くのことを知るためには博物館のようなところだと思い、20分以内で歩いて行けそうな、九州歴史資料館を目指して歩き始めましたが、急な坂道を登ることになったのに気が付きましたが、それ以外の方法がないようなので、良い運動のつもりで歩きました。結構きつかったのですが、結局後半は下り坂になっており、坂をおり切ったところでその建物が見えて来ましたが、その入る口までがまた登り坂になっていました。ここは、九州横断道路の建設の際に発掘された遺跡とそこから出土された遺物について研究とその結果について展示する場所でした。太宰府についての考古学的な解説もありました。この隣には将来国立第二博物館が建設される予定だということです。

また坂を登らないように、別の通りを通って駅へ向かいました。観光客向けではないどこにでもあるような何の変哲もない通りでしたが、この通りに沿って、またあの梅ヶ枝餅を作っているところが見える店がありました。太宰府駅から西鉄で福岡の第一の繁華街である天神へ出て、その大都会ぶりを直に経験して来ました。大きなデパートのようなビルの中の大きな書店に入って本を買ったのは良いのですが、支払にアメリカ発行のクレジットカードを使おうとしたところ、30分も待たされてしまいました。待たされている間、お陰様で、シェークスピアの正体を暴くというような内容の本を休憩所のようなところで読ませていただきました。なかなか説得力のある読み物で、シェークスピアは本名ではなくて、演劇好きで演出も経験のあるある貴族だということになっていました。