1999年11月14日
油谷町の油谷湾を見下ろす楊貴妃の墓のある楊貴妃の里へ行きました。楊貴妃の墓と言われる墓石は、丸く形を整えた切石を積み重ねたような、なんとなく、鎌倉時代の墓の様式のように見えるもので、油谷湾を見下ろす小高い丘の上に侍女達の墓といわれる墓標に囲まれるように立っていました。 この油谷湾は、神奈川県の油壷(あぶらつぼ)を思わせるような波のまったくない非常に美しい湾でした。近くにあった小奇麗なペンションに付いている洋風レストランで軽い昼食とコーヒーをいただきました。テトラポットが並んだ海岸へ下りられるのを発見し、油谷の海水に触りましたが、11月とは言え、結構ぬるく感ずる水温のようでした。ここのペンションは、レストランを中心にして、右に5室左に5室の合計10室で、その他に独立した山小屋風の建物が2棟という組み合わせでした。
そこからは山陰本線に沿って日本海の側を西に弥生時代の人骨が大量に発掘された遺跡で有名な土井ヶ浜へ向かいました。山陰本線と言っても、単線の上を一両か二両の列車が走るかわいらしい「本線」でした。坂をちょっと登りかかったところに洒落た感じのお菓子屋兼休憩所があったので、早めの昼食が軽食だったので、赤米餅とお茶でちょっと一服しました。この赤米は、アメリカの自宅でも食べている古代米で、赤飯はこの赤米のご飯をまねて作ったのが始まりだと言います。多分、土井ヶ浜遺跡などからこの辺りで赤米を作り始めたのではないかと思いました。